今春(2001年)、長男が母校の歯学部に入学し、ストレス多く時間に追われる
この開業医生活を将来引き継いでやろうという殊勝な人間の出現に
私は早々と<優雅なセミ=リタイア計画>を描き始めました。
もともと文系学部卒業後、歯学部に入学した変わり種であった私の
人生計画では(不謹慎を承知であえて言えば)この<苦しきことのみ
多き>開業医生活も、別のある夢へのステップボードと考えていた節
もあり、さあいよいよだ!と勢い込んではみたものの、さて何から手を
つけていいものやら何はともあれ出身の英米語学科の本場へ行って
みるべえ、と夏休み明けの季節のんびりとした(はずの)ニューヨーク
ツアーに出かけました。
9月11日、世界中を恐怖と不安の渦の中に叩き込んだあのニューヨーク
テロ事件の朝、お上りさんツアー中の私は、まさにあの世界貿易センター
ビルに向かう地下鉄の電車に乗っており、突然の停車と充分に聞き取れない
駅のアナウンスに訳の分からないまま、地上に出、目の前で繰り広げられる
白昼夢のような光景を前に呆然と立ち尽くしておりました。
帰国後、その経験について原稿を書けとのお
話をいただきましたが、へたに文章を作り直す
より、当時の国内とのメールのやり取りを読ん
でいただく方が状況を伝えやすいのではとは考
えました。以下は、その茫然自失ツアーのメー
ル記録です。
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2001年 9月 17日 月曜日
差出人:m松賀/明石
タイトル:WTC テロ事件の現場報告
緊張のニューヨークから何とか帰国いたしま
した。一昨日の午後からニューヨークの空港が
ようやく再開し始め、昨日の朝のデトロイト経
由便で定刻の1時間遅れの午後5時前に関空に
着きました。ニューヨークの空港は物々しい警
備で、至る所立ち入り禁止、公衆電話すら機能
停止されていましたが、デトロイトまで来ると
普段と変わらず、呑気に公衆電話に PC をつない
で何十分も仕事をしているビジネスマンの姿も
ありました。
実は、あのテロ事件があった11日の朝、私は
午前中空いていた時間を利用してマンハッタン
南部の観光地にでも行こうと考え、ホテルでの
朝食を済ませた後、タイムズ=スクウェア近く
の駅から地下鉄に乗り、まさにあの事件の現場
となったワールド=トレード=センター方面に
向かう路線の電車に乗っておりました。半分く
らい南下した頃、地下鉄の電車の電灯が急に点
滅し、突然の停車を3、4度くり返しました。
アメリカの地下鉄は頼りないなあ・・とぼんや
りしていると、聞こえにくい車内案内放送の中
に Explosion という言葉が何度か出て来たように
思いました。地下鉄関係の施設内で爆発事故で
もあったんだろうか、ちょっとやばいなあ、と
思い始めているとついにある駅で停車したまま
長時間の停車状態に入りました。どうやら事故
の発生のため先には行けないという状況のよう
でした。アナウンスの言葉の中には少し先の駅
名が出ており、その電車はしばらくして発車し
ましたので、もう少し先までは運行したようで
すが、乗り換えや引き返すことを考えて、その
駅で地下鉄をおりました。
地上に出て、辺りを見回していると、空に煙
りが広がっており、その先をたどって行くと何
やら大きな建物の上部近くから火が出て猛烈な
勢いで煙りが上がっています。あんなでかい建
物で火災かあ、それにしてもでかい建物だな
あ、と思いながらよく見ると、同じ形の建物が
2つ並んでおり、その1棟から猛烈な火と煙り
が出ています。
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