デジタル経済と国際課税

今春から新たに学び始めた経済学研究科大学院のゼミで課題レポートの発表がありました。私としては、長年興味を持ち続けているITの世界に関する国際経済的問題にはあらためて強い関心を感じるところです。大学院修士課程の修士論文のテーマにもつながる可能性を感じています。

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国際課税における恒久的施設(PE)とデジタル経済課税

『大系租税法 第2版』678~720頁

租税法Ⅰ

報告日:2020620

EM20R802 松賀正考

目次

  1. 国際課税の主要論点
  2. 課税の考え方の変化と恒久的施設(Permanent Establishment)を巡る論点
  3. 判例研究

       事件の概要

       争点

       最高裁の判示(最高裁第二小法廷平成29年4月14日判決)

  1. デジタル経済の発展と国際課税

5. 参考文献

 

  1. 国際課税の主要論点

    近年、国際的活動は、飛躍的に発展し、租税法の領域においても重大な問題となっており、様々な分野で国際課税の整備は重要な課題になっている。事業もしくは投資活動が国際的に行われることにより、複数の国の課税権の管轄が重複し、その結果、各国の租税法の適用と外国における課税との抵触という国際的二重課税という大きな問題が生ずる。これとは逆に、各国の課税の対象や税率の相違を利用した租税負担の軽減、とりわけ軽課税国ないし無税国(Tax Haven)を利用した国際的租税回避あるいは国際的二重非課税が問題となる。
    このように国際的不公平の排除という視点から、所得税や法人税における国際的二重課税の排除国際的租税回避の防止が国際課税における重要な課題である。

    この課題を解決するために、各国の間で租税に関するルールを調整するため、租税条約が結ばれている。しかしながら、各国の間で、バラバラに条約が締結されても、問題は整理できず、逆に複雑化しかねない。このために、国際的な話し合いと協調が不可欠であり、そのような取り組みが一貫して行われてきた。OECDによるモデル租税条約[1]の作成と公表はその取り組みの一つである。また、先進国を中心としたOECDに対し、新興国も参加するG20におけるBEPSBase Erosion and Profit Shifting 税源浸食と利益移転)プロジェクトの取り組みも進められ、国際的な租税回避を各国協調して防止することで、公平な課税を実現し、税制に対する納税者の信頼を確保するとともに、節税を利用しない企業の競争条件を改善しようとしている。
    しかしながら、急速に発展するデジタル経済への対応については課題が残り、ポストBEPSとして2016年の京都会合から参加国が拡大され、現在では110カ国・地域が参加する(201712月現在)、包括的枠組み(Inclusive Framework)と称される枠組みのもとでの議論が続いている。

  2. 課税の考え方の変化と恒久的施設(Permanent Establishment)を巡る論点

    所得課税に関する日本の課税権は、納税者の類型により異なる。居住者または内国法人は全世界所得について納税義務を負う(無制限納税義務者)。他方、非居住者または外国法人は国内に源泉がある所得についてのみ納税義務を負う(制限納税義務者)。
    非居住者および外国法人の日本における恒久的施設の認定は、事業から生ずる利得に対する所得源泉地国(日本)の課税管轄権を確定するとされる。いわゆる「PE無ければ課税無し」の原則である。
    従来、わが国では、国内源泉所得を定める規定を置き、「恒久的施設」への帰属の有無により、課税される外国法人・非居住者を定める方式を取っていた。ここで言う「恒久的施設」とは、OECDモデル租税条約(7条)によれば、<事業を行う一定の場所(支店、事務所、工場、作業場、採掘場)、工事現場、または建設もしくは組み立ての工事で12か月を超えて存続するもの>および<一方の締結国で他方の締結国の名において契約を締結する権限を有し、かつ、これを恒常的に行使する者、いわゆる代理人>としており、わが国の国内法の定義も、ほぼこれと同様である。そして、外国法人および非居住者については、日本に事業所等を有して事業を行う場合には、日本に対する属地的応益関係が深く、日本源泉の所得については、居住者や内国法人と同様に、その有する全所得を合算するとされ、国内法では総合主義を採用してきた。
    しかしながら、OECDモデル租税条約やヨーロッパ諸国においては、「恒久的施設」への帰属により課税範囲を定める、いわゆる帰属主義を採用しており、近年、米国をはじめとする多くの国が帰属主義を採用するものとなっており、わが国の国内法における国際課税のルールについても、平成26年度改正により、帰属主義が採用され、平成2841日より施行された。
    PE
    の例外として、事業を行う一定の場所での活動の全体が準備的または補助的な性格を有する場所はPEに該当しない(法税令4条の4第4項)。ただし、各場所で行う事業上の活動が一体的な業務の一部として補完的な機能を果たす場合等には、PEの例外としての準備的または補助的活動のみを行う場所とはされないと定めた。言わば、例外のまた例外である。これは、活動の細分化を通じたPE認定の人為的回避を防止するためである(法税令4条の4第5項・6項)。

    このため、「恒久的施設」の認定とその有無が課税の基準となり、このことが争われるケースも生まれた。その一判例を以下に示す。

3. 判例研究(東京地判 平成27.5.28)

①    事件の概要

所得税法上の非居住者として,アメリカ合衆国から本邦に輸入した自動車用品を,インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業を営んでいた原告が,処分行政庁から,本件販売事業の用に供していたアパート及び倉庫は,所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の日米租税条約(平成16年条約)5条の規定する「恒久的施設」に該当し,原告は本邦において所得税を納税すべき義務があるとして,原告の平成17年分ないし平成20年分の所得税についての各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分(以下,併せて「本件各賦課決定処分」といい,本件各所得税決定処分と併せて「本件各処分」という。)を受けたことに対し,本件アパート等は恒久的施設に該当せず,原告が本邦において所得税を納税すべき義務はないとして,本件各処分の取消しを求めた事案である。

②    争点

上述のように、現在では、租税条約において、事業から生ずる所得について、恒久的施設(P.E.)に帰属する所得のみを課税の対象とする帰属主義が基本的な考え方であり、OECDモデル租税条約でも、このルールを提案してきた(7条1項)。

ただ、日米租税条約では、ある場所が5条1項に規定する恒久的施設に該当する場合であっても、その特徴が準備的又は補助的な性格の活動を行う施設である場合は恒久的施設から除外するとされている。

そこで、米国から輸入した商品を保管し、顧客に対して注文商品を配送する拠点としての施設が恒久的施設に該当するかどうかが争われたのである。

第一審の東京地裁判決では、この恒久的施設の定義を広く解釈し、「インターネットによる通信販売を利用する者は、通常インターネット上の情報等を通じ、当該企業が取引の相手として信頼できる者であるかどうかなどを判断しており、企業のホームページに掲載された情報は、当該者にとって極めて重要な情報である。インターネットによる通信販売のこのような特質から考えると、この企業の顧客は、その所在地及び連絡先が日本国内(本件アパート)にあることを取引する際の重要な判断要素とし、これを前提として取引を行っていたものと推認することができる、とし、本件アパート等は日米租税条約に規定する「恒久的施設」に該当すると判示した。

③    最高裁の判示(最高裁第二小法廷平成29年4月14日判決)
上告審として受理しない
(本件申立ての理由によれば、本件は,民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。)
したがって、原告・控訴人・上告人の敗訴となった。

4.  デジタル経済の発展と国際課税

国際課税に関する基本的枠組みは、OECDモデル租税条約等での取り組みを通して、所得税や法人税の課税対象として、恒久的施設に帰属する事業所得のみをその対象とするという帰属主義という形で国際的に合意されつつあったのであるが、デジタル経済の急速な発展と拡大によって、国際課税において全く新しい状況が生まれ、国際社会は極めて困難な新しい課題に直面することになった。
すなわち、インターネットの世界で、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と総称される主として米国を中心としたIT企業群が、従来とは全く異なる新しいビジネスモデルを作り上げ、巨大な利益を上げるようになったのであるが、これらの企業群が国際的な経済活動を展開するにあたり、インターネット技術を活用することによって、海外市場において、物理的あるいは人的な恒久的施設を介さずに事業展開をして、大きな利益を上げることが可能になったのである。

このようなデジタル経済のもたらす変革の特色は以下のようなものである。[2]
1)モノからサービスへの転換
2)ユーザーの参加するプラットフォームという発明
3)企業価値の大部分の無形資産化
4)無形資産の価値を生み出すビッグデータ、AIの存在

そして、この経済のデジタル化が、課税、とりわけ国際課税の世界に大きな変化をもたらした。モノであれば、国境を越える際に税関という課税のポイントがあり、そこで関税や消費税を課すことができたが、例えば音楽配信などのようにインターネットを通したオンラインサービスになれば、これまでの課税ポイントである税関は通らず、また、支店などを置くことなく直接個人や事業者にサービスを届けることが可能になり、これが、消費税、法人税といった既存の税制に大きな変革を迫ることになった。

デジタル経済のもとでは、企業はサービスを提供する消費者が住む消費国(源泉地国)に課税権の根拠となる支店などのPEを置かなくてもビジネスをすることが可能になり、消費者の住む政府に課税されることなく、国境を越えるビジネスで利益を上げることが可能になった。
消費税についても同様であったが、相手国との租税条約上の交渉が不要な消費税に関しては、日本は201510月から、国境を越えて行う電子書籍・音楽・広告の配信などのサービスを提供する国外事業者を登録させ納税させる制度を導入した。これは、適正・公平な課税という観点からだけではなく、国内外の事業者間での競争条件をそろえるという狙いがある。アップルの配信サービスには課税されず、国内事業者のソニー経由だと課税されるのでは、国内事業者は一方的に不利な競争条件になるからである。
この措置は、まずEUで導入され、その後OECDの勧告を経てわが国にも導入された。しかしながら、関係国間の租税条約での取り決めが必要な法人(所得)税については、問題は未解決である。

この結果、デジタル経済の元で、GAFAなどのプラットフォーム企業の利益が、どこの国でも課税されない、あるいは極めて低い税率でしか課税されないという「二重課税」の状況が作り出されている。欧州委員会の調べによれば、デジタルビジネス企業の税負担率は9.5%で、伝統的ビジネスモデル(23.2%)の半分以下になっているという。
GAFA
に代表される巨大IT企業は、ユニークなビジネスモデルを展開することで世界経済を席巻する一方、その巨額の利益を税率の低い国やタックスヘイブンに留保し、利益を上げている消費者のいる国には十分な税負担をしていないと指摘されてきた。経済協力開発機構(OECD)の試算によると、世界の法人税収の4〜10%に相当する1000億~2400億ドル(1ドル=100円換算で10兆~24兆円)にも上る税負担が回避されているという。[3]
ここで、判例研究の例と対照的なAmazonの法人税負担について見る。Amazonはよく知られているように、日本国内に、高度なロボット化設備を備えた巨大な物流センターを建設している。しかしながら、Amazonは上述のようなデジタル経済モデルの特質の中で、基本的に法人税負担はしていない、と言われて来た。倉庫がPEには当たらないというルールは、河川交通が盛んで小国が分立していたヨーロッパに事情から生まれたもののようである。しかしながら、東京国税局が2009年、Amazonの物流会社を調査し、Amazon社員のメールまで調べた上で、本社からの具体的な指示があり、倉庫以上の機能、つまりPEを有していると認定したが、Amazon側は納得せず、日米間の相互協議となり、その結果、日本側の主張はほとんど認められなかった。
しかしながら、昨年末、従来の方針を転換し、法人税2年分の300億円を納付した[4]が、その事がニュースになるほど、巨大なIT企業は、伝統的モデルの企業に比べて圧倒的に少ない税負担しかしていない事実がある。

こうした事態が引き起こす問題点はまず、先進諸国や新興国(さらには途上国も)の税収不足である。各国は高齢化に伴う社会保障費の増大など慢性的な財政赤字に悩まされており、税収の確保は最重要課題となっている。またデジタルビジネスの税負担は、自国の伝統的(競合)ビジネスと比べて税負担が軽くなるので、対等な競争条件(レベルプレイングフィールド)が損なわれているという問題を生じさせている。欧州委員会は、デジタルビジネス企業の税負担率が9.5%で、伝統的ビジネスの23.2%の半分以下という調査結果を公表している。欧米で、アマゾン効果により大手デパートや小売店の閉鎖が相次いでいることがそれを証明している。

この2つの問題は、経済のデジタル化に税制が対応しきれていないということを物語っており同時にその問題の影響は巨大であり決して放置できないと思われる。この問題については、引き続き調査研究を続けたいと思う。

5. 参考文献

水野忠恒『大系租税法』(中央経済社、第2版、2018
森信茂樹『デジタル経済と税』(日本経済新聞出版社、第1版、2019

水野忠恒(編)『テキストブック租税法』(中央経済社、第2版、2018

スコット・ギャロウェイ『GAFA四騎士が創り変えた世界』(東洋経済新報社、第1版、2018

[1]ウィキペディア OECDモデル条約https://ja.m.wikipedia.org/wiki/OECD%E3%83%A2%E3%83%87%https://ja.m.wikipedia.org/wiki/OECD%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E6%9D%A1%E7%B4%84E3%83%AB%E6%9D%A1%E7%B4%84

[2] 森信茂樹 デジタル経済と税 日経新聞出版社 24

[3]森信茂樹 デジタル経済と税 日経新聞出版社 37頁

[4] https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00511/
  デジタル経済にどう課税するか、24兆円も負担回避するGAFA

[5]https://news.yahoo.co.jp/articles/583ae5ef03a62a7254f9ca4f2a235d555d5687e4

  「アマゾン、日本に納税へ方針転換 法人税2年で300億円」

投稿者:

matsuga_senior

《松賀正考》大阪大学外国語学部英語学科、歯学部卒業。明石市で松賀歯科開業。現シニア院長。 兵庫県立大学大学院会計研究科卒業。同大大学院経済学研究科修士課程卒業、博士課程在学中。