6年前のオランダを中心にしたヨーロッパツアー、2年前のウィーンツアーのどちらの際にも、様々な形でお世話になった同じマンションの知人は、航空宇宙関係のエンジニアであり、研究者でもあります。その方が毎年開かれる国際宇宙学会(IAC)に参加されるという話を聞いて、即座に同行させて下さいと手を上げました。詳しい情報を聞いてみると、この学会は、毎年、世界の様々な国を持ち回る形で開催されており、今年は、何と、トルコ、それもトルコ随一の地中海の高級リゾートとして有名というアンタルヤという地で開かれるという事でした。自分の個人的発想なら、絶対思いつかない地ですが、それはそれで面白そうと、この地の旅情報を集め、直ちに飛行機やホテル等の手続きを進めました。飛行機は、当然トルコ航空の関空ーイスタンブールーアンタルヤ便になり、ホテルは、この国際学会提携のホテルから選ぶ事になったのですが、それらは全て、この高級リゾートの五つ星ホテルという事でした。そのホテルの中で一番会場に近いホテルが、なぜか一番格安との事なので、このBelcontiリゾートホテルにしました。しかも、これらのホテルは全て、オール・インクルーシブというシステムで、宿泊費以外の飲食費、付属のプールやプライベートビーチでの費用などが込み込みという料金システムだという事でした。このような最高ランクの五つ星ホテルというものを利用したことはなく、初めての体験になりそうで、それも楽しみになりました。
さて、これまで旅する先として思いつく事の無かったトルコですが、その世界史の中での位置づけを考えると、トルコ第一の都市であるイスタンブールは、その歴史を遡れば、あの地中海世界を支配したローマ帝国のある時期の首都であったコンスタンチノープルです。ローマ史の中の皇帝コンスタンチヌスの時代の330年、ローマから遷都してローマ帝国の首都となり、そのローマ帝国が395年、東西に分裂した後も、長く東ローマ帝国、すなわちビザンツ帝国の首都だった訳です。その意味で、トルコの存在は、ヨーロッパの歴史とも深く関わっていた事になります。1453年、東ローマ帝国が滅亡した後、地中海の東世界を支配し、隆盛を誇ったオスマントルコの時代、ヨーロッパ世界の中心だった神聖ローマ帝国は、絶えずオスマントルコの軍事的圧力にさらされており、現に、17世紀、神聖ローマ帝国を支配したハプスブルク家の本拠地であったウィーンは、オスマントルコの強大な軍隊に包囲されて危うく陥落の危機に瀕しかけた事もありました。
18世紀後半のモーツァルトの時代、トルコの勢力は、その時ほど脅威的存在ではなくなっていましたが、モーツァルトの作品の中にもトルコ行進曲として有名なピアノソナタ第11番の第3楽章があります。また私が毎日のように聴くバイオリン協奏曲第5番ではトルコ風と名づけられた第3楽章ではそれまでの優美な曲想から途中で一転して当時のトルコ軍楽隊=メフテルを模したような突撃するような荒々しさやエキゾチックな躍動感が表現されています。当時のウィーン市民にとって、トルコがヨーロッパで流行していたアパショナートな存在感を放っていた事が想像されます。
しかし、17世紀頃からオスマントルコが衰退し、国力が衰え始めてからは、逆に、ヨーロッパ列強、殊に南下政策を続けるロシア帝国等の介入により、国力が削られ、国内も混乱が続く時代に入ります。日露戦争で、それまで世界では後進の小国家と見られていた日本がトルコにとっては仇敵の大帝国ロシアに勝利した事はトルコの人々に希望を与え、明治期のエルトゥールル号遭難時の和歌山県民の献身的な救難活動への感謝感情と相まって、好意的な対日感情が生まれ、世界でも有数の親日国とされているようです。
そのようなトルコの歴史を振り返ると、トルコはヨーロッパの歴史の動きにも深く関わっておりイスタンブールがボスフォラス海峡を挟んで、ヨーロッパ側とアジア側とに分かれている事が象徴するように、まさに西洋と東洋の歴史と文化の交差点でもあった訳で、そのような視点から見ると、興味深い国と思われます。
さて、今回のツアーは、あくまで航空宇宙関係者である知人の国際学会への出席参加に同行させて頂くものであり、訪問先やスケジュールは、その日程にしたがう形になります。学会の開催地であるアンタルヤは日本ではあまり知られておらず、そう言えば、この春のイタリア周遊ツアーの際のツアーガイドさんの話でも旅行会社のパックツアーにもほとんど入っておらず、そのガイドさん自身も行った事がないという事でした。しかし、このアンタルヤは温暖で快適な地中海気候のリゾートスポットとしては人口150万人を擁し、神戸市の154万人と同規模の観光地でトルコにおける地中海随一のリゾート地として有名で、ヨーロッパなどからも、多くのリゾート客が訪れる都市のようです。また冬場には、その温暖な気候から各国のサッカーチームの合宿地にもなっており、日本のJリーグチームも来ているようです。
またアンタルヤの街自体の歴史も古くヘレニズム王国(=古代ギリシャ文化の影響を強く受けた文化圏)のペルガモン王国の王アッタロス2世によって紀元前2世紀頃に建設された歴史があり、市内各所に、ギリシャ・ローマ時代からの遺跡もあり、もちろんオスマントルコを含むイスラム時代の名所旧跡もあるようです。
今回の事情から、スケジュール的にも、学会開催中の10/7までは、このアンタルヤのリゾートホテルに滞在する予定で、その後トルコ最大の歴史的都市のイスタンブールに3泊し、帰国の予定です。
アンタルヤでの1週間、この学会の一部門の委員長を勤める知人は、当然、学会行事予定に従った行動予定で多忙と思われるので、その間、名目上は、自称「委員長の鞄持ち」の私は、地中海有数のリゾート地の五つ星ホテルライフを満喫しつつ、現地観光に汗をかきたいとの思惑です。
しかし、「ハプニングの嵐を呼ぶ男」が果たして平穏無事なリゾートライフを満喫できるのか、いささかの懸念はあります。
日本では、トルコ観光と言えば、東西の文化が入り混じったイスタンブールと奇岩の山岳地の空を飛ぶ気球に乗るカッパドキアが圧倒的に有名ですが、ギリシャとエジプトの間の地中海沿岸のリゾート都市アンタルヤでの1週間滞在の旅がどんなものになるのか、楽しみたいと思います。







