今年の暑中見舞いに、一部の親しい友人や知人には、この春、私の論文を掲載して頂いた研究誌の別刷を添えて送りました。

予想外にたくさんの方からの反響を頂きました。ある大学同窓の後輩歯科医の方からは次のような返信を頂きました。
『お送り下さった論文に驚きました。松賀先生が大学院に行かれたことは存じておりましたが、こうして研究内容を知るとあらためて先生の多才ぶりに感服するばかりです。〈自注 過分なお言葉は恐縮至極 〉私もいつの間にか開業15年目、50を過ぎ、老眼が進み衰えを感じているところですが、大先輩がこうして夢を追いかけて学び続けておられることを知り、恥じ入っております。
お世話になりました患者のS.S.様は今もご夫婦で定期的に通院下さっています。口腔内は安定しており、松賀先生に施術いただいたインプラントは順調に推移しています。S.S.様もたいへん喜んでおられます。
私は相変わらず保険診療にいそしんでおり、完全に時代に逆行しているわけですが、それもまた自分のスタイルなのかなと思っています。しかしながら、当時セレックを導入され、CAD/CAM冠をいち早く取り入れておられた松賀先生の先見性に触れることができたことはそんな私にも生かされているとも感じています。あの時に先生に教えていただいたおかげで、診療の幅が広がりました。心より感謝しています。
最近は趣味で写真を撮って日々楽しんでいます。カメラやレンズのコレクションのようなところもあるのですが、好きなことがあるおかげで、コロナ禍も落ち込むことなく過ごせています。
娘は社会人一年目で、息子は大学2年生。二人とも歯科の道は志すことなく、私の診療所は一代限りとなりそうです。あと15年ほどやれたらいいなと思いますが、松賀先生のチャレンジを知り、私も次の人生のステージに向け、学ぶことも含めて考えてみたいと思います。
頂いた論文は私にはなかなか読み解けるものではありませんが、それなりに納税している身としましては、法がきちんと整備されることを期待してしまいます。とはいえ、私も特措法の恩恵を被り続けてはいるので、偉そうなことは言えませんね。(後略)』
色々評価頂いてる事については面映いばかりで、もちろんお言葉通りには受け取っておりませんが私の、ある意味で『年甲斐も無い』(?)取り組みに対して、心温まる応援を送って頂いたお気持ちは大変ありがたく嬉しく思いました。
さらに、頂いた文面からいくつか参考になるご示唆を頂いたように思います。まず第一点は、先生自身が自らの人生を振り返られて、15年単位で、一つのステージとして見直されていると言う事です。このライフステージと言う発想については、私の今回の大学院に入学したばかりの頃に、ベストセラーとなって注目された『ライフシフトー人生百年時代の人生設計』と言う書で、初めて意識した考え方であったと思います。この中で、著者は、従来の人生の3段階説、すなわち、1)教育、2)現役、3)引退、という3つのライフステージの発想では、人類の平均寿命が100歳に近づき始めている時代では対応出来なくなっている、と指摘しており、それはまさに「我が意を得たり」だ、と思った記憶があります。つまり、私は、従来の人生に対する考え方、すなわち、3段階説での中心をなす『現役時代』が終わった引退後の生活を余生と呼び、余分な、余った人生と考えるのはおかしい、と考えていたと思います。その意味では、人生100年時代を迎え『教育』・『現役』の時代の後を勝敗が決まった後の《消化試合》のような、消極的な姿勢で考えるのではなく、その中で新たな取り組みをする積極的な一つのライフステージと考えて、その人生の時期をあらためて考え直す状況が生まれて来たのだと思います。
そのように、『現役時代』に続く人生の時期を一つのライフステージと捉え直す時、これを積極的に見直し取り組む発想が生まれて来ます。私にとっては、現在がまさにその時期に入っているのですが、この人生のライフステージは、私には、くすんだイメージのあるシルバーエイジではなく、捉え方、取り組み方次第で、光り輝くゴールデンエイジになりえる、と考えています。
それは決してカラ元気や妄想ではなく、自分なりの理由があります。それは、『現役時代』からの決定的な状況変化であり、その事による生活意識と価値観の転換です。『現役時代』の生活は振り返っても、重苦しく忍耐の連続だったと言う面もあります。徳川家康の遺訓ではありませんが、まさにその時代の空気は「重き荷物を負うて遠き道を行くが如し」です。

考えてみれば、それは当然です。
何故なら、大半の人にとって、『現役時代』は背負いきれないほどの課題を常に負って歩まなければならない辛い忍耐の日々です。改めて数え上げてみると、例えば、大半の結婚した男性にとって、まずは(自分を含む)家族が安心して暮らせるだけの収入を確保する必要があります。もちろん、単に食べられれば良いというだけではなく、場合によっては巨額を要するマイホームを確保し、時には旅行や娯楽などの息抜きの時間も含めて、家族が楽しく暮らせるだけの収入を得なければなりません。そして、標準的な家庭であれば、次世代の子供たちに必要な教育を与えなければなりません。次世代への責任として、この教育への投資は必要不可欠です。さらに、私のように自営業の経営者の場合、常に先行投資的設備投資をしていかなければなりません。そのようなマイホームや投資を銀行借入れで賄えば、当然、その利息とともに返済して行かなくてはなりません。また、同時に、自分たちの老後に備えた蓄えも、していかなければなりません。
もちろん、長い人生の道筋は極めて多様で、個人個人によって、状況は様々ではありますが、幸い、私の場合は、これらの厳しく重い義務的負担から解放され、自分のスタイルとペースで自らの好みと関心に沿った活動に取り組める状況になりました。
個々の人生によって事情は異なるのですが、社会全体として、『現役時代』を終えたこの時期を積極的に前向きに捉えて行く事が必要だと思います。
その意味で、それまでの義務的負担を〈卒業〉し、自分本来の興味・関心・価値観に基づく課題に集中出来る『輝くライフステージ』に出来る可能性があると思います。
そして、それこそが、現在、私が目指している目標なのかもしれないと思っています。