モナコツアーの回想《No.200》

《ああ、余談ですが、このブログの投稿数もついに200稿目になりました。8年前のシニアの大学院生活のスタートをきっかけに書き始めた投稿の蓄積が200に達した事に、やはり感慨を覚えます。何事であれ、コツコツ積み重ねると、いつの間にか一つの蓄積になるんだなぁと思います。》

さて、本題の2009年のモナコツアーの話に戻ります。モナコは、その国土面積が約2㎢と、世界で2番目に狭い国のようです。ネットなどで調べると、超高密度・富裕国として知られるフランス地中海沿岸の都市国家であり、面積は狭小だが、高級リゾート・カジノ・F1モナコグランプリなどで有名であり、住民の富裕度が非常に高く、人口密度も高いようです。

ローマからモナコへの経路ですが、モナコまでの飛行機は直接飛んでおらず、南フランスのリゾート地として有名なニースまで飛び、後は、バス以外にヘリコプターの便があるとの事でした。

同行した若い後輩歯科医と相談し、折角でもあり、ヘリコプターで飛んでみようかと言う事になり、人生初のヘリコプターに挑戦したのも懐かしい思い出です。

距離は近いので、あっという間でしたが、貴重な経験でした。

初めて訪れたセレブの国、モナコの光景は、さすがと言う雰囲気でした。

カジノ広場の近くに位置し、モナコの象徴的なホテルの一つで、ベル・エポック様式の壮麗な建築が特徴的な高級ホテル「オテル・エルミタージュ・モンテカルロ」

カジノ広場に面した壮麗なベル・エポック様式の建物で、「地中海の宝石」とも称される「オテル・ド・パリ モンテカルロ(Hôtel de Paris Monte-Carlo)」(1864年にカジノの宿泊客向けに建設され、国賓や王族、ハリウッドスターなどが利用してきたとの事)

モナコ公国モンテカルロ地区の象徴的な建物であるカジノ・ド・モンテカルロ。
モンテ・カルロの中心部の建物はどれも豪華そのもので、圧倒されるものでした。
 
我々が泊まったのは、確かヒルトンの系列で、モナコのホテルとしては、割と近代的なスマートな雰囲気だったと思います。
 

ただ、この時、ホテルに着いてホッと一息つき、直後に食べたホテルのランチの半生のタルタルステーキで友人が食当たりを起こし、彼はほぼ2日近く、部屋に閉じこもるハメに陥ったのでした。ようやく回復した後、彼のたっての願いで、口当たりの良い和食の店を探し、ようやく寿司店を見つけ、久しぶりの和食にありついたのですが、何しろセレブの国の高級寿司店、そのお値段に目を白黒させたのも懐かしい思い出です。

そんな騒動もありましたが、もちろん、本来の目的である「ヨーロッパインプラント学会」にも参加して、最新の情報吸収にも努めました。

学会やセミナーへの参加の合間の時間を縫って、観光スポットも訪れた記憶があります。
有名なモンテ・カルロGPのコースを小さなミニベンツで友人と疾走(?)したのも思い出です。

港に停泊していた巨大豪華客船を間近に見てその巨大さに驚いたりしました。

また、フォンヴィエイユ公園内にあるグレース公妃バラ園を訪れた記憶もあります。

このバラ園は、モナコ王室のグレース公妃が亡くなった後、レーニエ3世大公の発案により、公妃を追悼するために1984年に造られたもので、公妃は花の中でも特にバラを愛していたことで知られていたようです。

(フランス語で設立の経緯が記された銘板)

以上3稿に渡る形になってしまいましたが、多忙な現役時代の中、ローマを中心にしたイタリアとセレブな小国を巡る慌しいツアーは、振り返ってみると、様々な思い出満載の旅ではあったと思います。

なお、このモナコ・ツアーについては、その直後に、簡単な報告記事をまとめていたようです。

欧州インプラント学会に参加

投稿者:

matsuga_senior

《松賀正考》大阪大学外国語学部英語学科、歯学部卒業。明石市で松賀歯科開業。現シニア院長。 兵庫県立大学大学院会計研究科を卒業し会計専門修士。さらに同大大学院経済学研究科修士課程を卒業。その修士論文で国際公共経済学会の優秀論文賞を受賞。現在、博士課程在学中。