神戸市立博物館で開かれている『大ゴッホ展』に行って来ました。昨年秋からの開催で、2月初めまでの会期のようですが、人気は高いようで昨年末に行った息子の報告によると日曜だった事もあり、大盛況で、一巡するのに2時間もかかり、帰宅した後、疲れで昼寝をしたとの事でした。そんな状況のせいか、今年に入って全面的に予約制になったようでした。
実は私は、昨年10月に、ポートピアホテルでこの博物館学芸員のレクチャー付きのランチ会に友人と一緒に参加しており、その企画でセットになった入場券を持っていました。
しかし、今年2月初めまでの会期という事でのんきに構えていましたが、今年に入って予約制にもなったということでさすがにぼちぼちと考えて、その予約サイトをチェックしたところ、何ともう会期末まで、予約は埋まり、空き枠は無い!という状況でした。ちょっと油断したなぁ、と残念な思いながら、ちょうどつい先日突如思い立って予約した春のベネルックス3国ツアーのスケジュールの中でのアムステルダム滞在中の時間に同地の美術館集中地区を訪れるチャンスもありそうなので、まっいいか、と諦めかけていました。
ところが、ポートピアでの企画に一緒に行った友人からの連絡で、キャンセル枠で粘って予約を取れたとの事でした。
そんなわけで、粉雪の舞う中を久しぶりに神戸市立博物館を訪れました。
しかし、博物館前は、予約無しでも待つという人の長い行列が周りの角を越え、係員の持つ看板では、90分待ちとの事でした。
幸い、予約を取れてたお陰で直ぐに入館はできたのですが、会場内も大混雑の様子でした。
さて、ようやく会場に入り、主催者の挨拶と解説のパネルを写真に撮ろうとした時でした。
お利口そうな若い娘さんが「あの〜、写真ダメみたいですけど」と言って来たのです。私は思わずブチ切れて、「パリのルーブルなんかどんな作品でも制限なんて無く撮り放題だよ。日本の展覧会がなんでこんな制限をしてるのか意味が分からない。ましてや、これは作品でも何でもない。単なる説明資料だよ。何を言ってるんだ!」とブチまかしたら、可哀想にその娘さんは、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに目をまん丸にして、逃げ出し、その後二度と姿を見ませんでした(笑)
それにしても、本当に、日本の美術館の写真制限は、意味が分かりません。あのルーブルの巨大美術館でも、全く何の制限もなく、有名なモナリザとツーショットの自撮りをしても、ミロのヴィーナス像を一巡して動画を撮っても、何も言われません。
思うに、この娘さんは先生や世間の言う事をよく聞く学級委員タイプなんでしょうが、自分の頭で考えず周りに合わせるお利口さんなんでしょう。まあでも最近、私も、こういう日本人の同調性、協調性が、日本の安全で穏やかな社会を作っている面があることは否めないから、全面的に批判するべきではないと考え始めてますが。
さて入り口での早速のプチトラブルはさておき、この挨拶文で、今回神戸に集められたゴッホの作品群がゴッホにいち早く注目し、その早期からの作品を蒐集していたグレラー・ミュラー美術館からの作品の企画展である事を知りました。だから、この春のアムステルダムツアーで、ゴッホ美術館等を訪れても見ることができなかった作品だったことが分かり、これはラッキーだったと思いました。
会場は、最初の1部(3F)と2部(2F)に分かれており、順路に従い1部から見て行きました。ゴッホの生涯は大きく分けて、生まれ育ったオランダ時代と新しい刺激を求めて移ったパリ、アルルのフランス時代とに分かれるようです。第1部は、その下積み時期のオランダ時代が中心でしたが、色合いも全体にきわめて地味で、描く対象もオランダの地方の素朴な農民や農村風景が多いようでした。第2部では、その後パリに移り、当時注目を浴び始めた印象派の画家たちの作品に触れ、彼らとの交流が始まった後、画風も描く対象も一変して、まさに現在の評価の定まったゴッホらしい画風になった時期が中心でした。それはちょうど田舎育ちの素朴な少女が華やかな都会に移り住み、街の水に洗われて一気に垢抜けして美しい大人の女性に変身する様を見るようです。
そして例の写真制限ですが、地味なオランダ時代の第1部会場では全て撮影禁止にしてあり、第2部のフランス時代の代表的な作品のうち今回の展覧会の目玉の『夜のカフェテラス』など5作品のみが撮影OKというナゾの設定になっていました。
あらためて振り返ってみると、数年前の20日間のヨーロッパツアーで、2回訪れた大ルーブルでも、ベルサイユ宮殿観光の帰り道に立ち寄ったオルセー美術館でも、ハーグのマウリッハイス美術館でも、ベルギーの王立美術館でも、そんな不粋な写真制限などありませんでした。



フラッシュや三脚や自撮り棒の禁止等は、それなりの合理的理由が考えられ、納得できるところがありますが、日本の多くの美術館の常設展や企画展での写真撮影禁止は意味が分かりません。人間のサガとして、管理権限を与えられるとその権限を振り回したくなるという心理が働いているのでは、と邪推されても仕方ないとさえ思います。日本の美術館関係者には、是非考えを改めて頂きたいものだと思います。
おまけの余談はともかく、厳しい冷え込みの中でしたが、遠いオランダから地元の神戸に届けられたゴッホの名作を見る機会は有意義でした。この春のアムステルダムツアーの予定の中でも、またゴッホらの名作を目にできることを楽しみにしたいと思います。














