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< Cerec vs. Zirkonzahan >

当院の長年にわたるパートナー技工士の山口君がイタリア、チロルの片田舎から発掘してきたセラミック加工システムの Zirconzhan とはどんなシステムだったのでしょう。それはまず、硬質のセラミックブロックから削り出し加工をすると言う点では、金属との二層構造に強度的に依存する旧来のメタルボンド技術の古臭さからは抜け出しており、その素材面では、最新の Cerec システムと同じです。

ただし、その加工技術は Cerecとは全く異なる発想から産まれたユニークなものです。それは、単に異なるどころか、対極にあるものと言ってもいい位、対照的なコンセプトの上に立った技術でした。Cerec System が最新のコンピュータ技術をフルに活用したデジタル的システムであるのとは対照的に、このシステムでは、修復物のデザインは熟練した技術を持つ人間の手に委ねられます。データベースを基にしたコンピュータパワーを活用するCerec に対して、このシステムでは、柔らかく扱いやすい合成樹脂を用いて、職人技によって仮の修復物が作られます。ここがこのシステムの巧妙なところですが、熟練の職人技で作られるのは、最終的に患者さんのお口の中に入る修復物ではなく、扱いやすい仮の素材でデザインだけが作り出されるのです。そして、次に、このデザイン模型をなぞるような処理によって硬いセラミックブロックから最終修復物が削り出されるのです(厳密に言えば、さらにその後の高温熱処理によって、きわめて高い硬度を持つセラミックに仕上がるビスケット状の中間製品を作り出すのですが、技術的詳細は省きます)。つまり、修復物のデザインを膨大なデータベースを基にしたコンピュータ利用によるのか、熟練した技術者の職人技によるのか、両極端ですが、それらはそれぞれに長短があります。どちらかが正しくて、他方は間違いとか遅れた古い技術だ、ということもありません。両者が互いに補い合える関係の技術だと思えます。

さて、上記のような情報の詳細は後になって分かって来たことで、チロル地方に、このユニークな技術を開発した研究企業があり研修もしてもらえるらしいと言う情報があるだけで、勿論、日本に代理店のようなものもありません。まずは直接コンタクトを取るしかないな、と言うことで、私も手伝いながら英文のメールを書きました。幸い研修受け入れを歓迎する旨の返信があり、我々二人のスケジュール調整も行い、二人はローマに向かうことになりました。2009年の9月末の事でした。

少し日程に余裕のあった私がローマに先着し、そのホテルに山口君が合流しましたが、彼のスケジュールはタイトで、ほんの数時間仮眠を取っただけで、翌朝、彼はチロル地方に向かいました。事前に地図などで見る時はさほど感じませんでしたが、考えてみると、ローマからアルプスの麓までの旅程はいくつもの列車を乗り継ぐ厳しいものだったろうと思います。

       

私と後輩歯科医が、ローマ観光とモナコでの学会参加をしている間、彼はチロル地方の美しい風景の中で充実した研修の時間を過ごしたようです。帰国後、彼から見せてもらつた写真の数々からは、私にとって、これまで縁のなかった世界の片隅に、こんなにも美しい光景が広がっているのか、と驚くようなものでした。

ここでもう一つ不思議なのは、おそらく地元ではほとんど英語すら通じないであろう(私は、ドイツのデュッセルドルフの町外れで迷子になってしまい、道を尋ねてみても、地元の人々に全く英語が通じない事態に困惑した思い出があります)イタリアの片田舎の町に日本人の青年が単身乗り込んで、しかも、複雑な専門分野の技術研修を受けて、その情報を得て帰ることが出来たということです。
でも、写真に映る研修関係の方たちと和やかに映る写真を見ると、彼のその素朴な性格がすぐに相手にも受け入れられ、何よりこのシステムを理解し、日本に持ち帰り、活かしたいという彼の熱意が先方に伝わっていることが感じられました。目先だけの経済的目的で動いている人間と、本心から出る熱意で動いている人間との違いは、すぐに伝わるものです。ここでも、彼の歯科技工やその関連分野への思いや情熱が、言葉や国の境を飛び越えたのだと思います。

 

またまた、長くなってきましたので、Zirkonzahan の技術の詳細は、また次の投稿にしたいと思います。もちろん本院と山口君との連携は現院長とも続いており(性格的にはさらに合っている?)今後とも、我が医院の診療レベルを技工技術でしっかり支え続けてもらえるものと思います。こんなパートナーと連携できることは我が医院の大きな誇りでもあります。

松賀歯科 シニア院長
松賀 正考

 

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